そして最後の戦場では・・・

「アーーーーサーーーーー!」

ランスロットの操る攻撃ヘリより繰り出される機関砲が絶えず火を噴き、アルトリアを攻め立て、アルトリアは未だ失意の底から立ち直れず、本能で回避を続けているだけだった。

さて、ここでどうやってランスロットが攻撃ヘリを手に入れたのかそれを説明するとしよう。

二十五『来襲』

話しは少々遡る。

凜の手で『ルシフェル』が撃墜された事で倫敦の制空権はイギリス軍の手に戻った。

これにより温存されていた対地攻撃機、対地攻撃ヘリは次々と離陸、死者に対して対地攻撃を開始した。

今はランスロットによって操られている攻撃ヘリのその内の一機だった。

「いたぜ・・・良しマック、全武装のロックは解除した。存分にあの化け物どもに食らわせてやろうぜ」

複座操縦席の後方に乗っていたイギリス兵が前方の操縦管を握る同僚に声をかける。

「・・・・・・」

だが、それに対してマックと呼ばれたイギリス兵は何の反応も示さない。

「おい聞いているのかよ」

「・・・・・・」

再度呼びかけても返って来るのは無言だけ。

不意に疑問が湧き上がる。

前方の男・・・マックとはコンビを組んで長い。

だが、こんな無反応な相棒は初めて見た。

いつもなら陽気な自分に生真面目な返答を返すはずなのに・・・

と、彼の思考を遮る様に通信が響く。

『司令部よりサラマンダーU!応答せよ!サラマンダーU!!』

「こちらサラマンダーU」

『その声・・・ヴェズか』

「司令部どうした」

「ヴェズ・・・今そのヘリはマックが操縦しているのか?」

通信機の向こうの声は若干震えている。

「は??何を言っているんだ。当然マックが操縦しているに決まっているだろ」

通信機の向こうに軽く返答する。

その声には『何を言っているんだこいつ』と呆れた声が混ざっている。

だが、それも直ぐに打ち消された。

「良いか・・・良く聞け・・・今基地でマックの死体が発見された」

「・・・え?」

その返答は余りにも呆けたものだった。

マックが死体で発見された?

死体と言う事は死んでいるのか?

マックが?

だが、今マックは俺の前で操縦している。

どっちが本物なんだ?

基地で死体になったマックと俺の前で操縦しているマック。

どっちが・・・

不意に視線を前に向ける。

そこには相棒の被っているヘルメット後部ではなく自分と面を付き合わせる相棒がいた。

「お、おい・・・何やっているんだよ・・・マック操縦は・・・」

震える声でそれでも陽気に声をかけようとするがそれも失敗する。

彼の眼がいつもの碧眼ではなく、どす黒い赤だった為に。

そして何よりも、その後ろに人力では如何考えても無理なほど完全に破壊された操縦管を見てしまったのだから。

「ひ、ひいいいい!!」

悲鳴と同時に、相棒が姿を変えていく。

その姿は霞み、薄れ、相棒の姿は時代錯誤なほど、重厚などす黒い鎧に覆われた男・・・ランスロットに変貌した。

彼は知らないだろうが、これもまたランスロットの宝具の一つ。

第四次聖杯戦争では己のステータスの隠蔽の能力に劣化したが、本来は隠蔽のみならず、他者に変身する能力まで兼ね備えた『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』。

この力でランスロットはマックを殺害した後、彼に変身し、まんまとヘリに乗り込んだ。

そして乗り込んでしまえばヘリの操縦等出来なくても『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』でヘリを己の宝具に変える事が出来る。

『おい!何があった!!応答せよ!!おう』

通信機はランスロットの拳一つでスクラップと化した。

「ひぎっ!!」

そのままヴェズの首を掴むと彼の腰に吊るされていたハンドガンをホルスターごと引き千切る。

それから彼のあご下に固いものが押し付けられる感覚がしたと思った瞬間、下から押し上げられるような衝撃と共に彼の意識は途切れた。









「アーサーーーーー!!」

咆哮の度に攻撃ヘリから銃弾が吐き出され、対地ミサイルが大地を大きく抉り取る。

そしてそれにアルトリアは成す術もなく・・・いや正確には奮い立つ気力も蘇らず、ただ、本能のまま避け続けるだけだった。

「騎士王!!無事か」

そこにいち早く事態を察知したディルムッドが到着する。

「ディルムッド・・・」

心強い筈の援軍が到着したにも関わらずアルトリアの表情に覇気は戻らない。

それに一瞬不審げな表情をしたが直ぐに意識を目の前の敵に向ける。

「やはり貴様も戻ってきていたかバーサーカー」

ランスロットの真名を知らないディルムッドがかつてのクラス名でランスロットに呼びかける。

「アァ・・・サァ・・・」

だが、そんなディルムッドの問い掛けにもランスロットには何の関心も示さない。

ランスロットにとって関心は目の前のアルトリアのみに注がれている。

その他の敵など、彼にとっては有象無象の輩に過ぎない。

だが、その有象無象が邪魔をするのならば彼に躊躇する理由等どこにも存在しなかった。

「アーーーサーーー!!」

咆哮と共に機関砲が再び火を噴く。

咄嗟に二手に分かれて砲撃を回避する。

それを見るや、ディルムッドの事を道端の小石のように無視して攻撃をアルトリアのみに集中する。

「ちっ・・・舐めた真似をしてくるな」

それを見るや舌打ちをするディルムッドだったが、直ぐにヘリの後方に回り込む。

後ろからヘリに『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を突き立てる腹つもりだった。

そうすればヘリはランスロットの『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』の呪縛から解放される。

ディルムッドの『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』の威力など当に知り尽くしている筈にも拘らずランスロットはディルムッドに無防備な後方をさらけ出して、ただひたすらにアルトリアを追い縋っていた。

「その慢心直ぐに戒めさせてやる!」

そう言うや跳躍して攻撃ヘリに飛び掛る。

だが、それを承知の上でディルムッドに背中を見せていたのかランスロットは、アルトリアへの攻撃を中止しディルムッド目掛けてローターを寄せ始めた。

高速回転したヘリのローターならばその威力たるや生身の人間を易々と引き裂ける。

しかもそれがランスロットの『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』で宝具と化したヘリのローターだ。

英霊であるディルムッドもただでは済まない。

避けようにも魔術の心得のないディルムッドに気流操作等無理な話。

このままディルムッドの身体が引き裂かれようとした時、

「うらああああああああ!!」

神牛の戦車がヘリの横腹に正面からぶつかる。

さすがにこの一撃には耐えられる筈もなく、ヘリは大きく体勢を崩し、ディルムッドはかろうじてその刃から逃れる。

「征服王、恩に着る!!」

当然だが、その隙を逃す事無くヘリに『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を突き刺す事も忘れる事もなく。

ランスロットの魔力を遮断され、更に操縦関連も既に破壊されていたヘリは成す術もなく失速し、地面に叩きつけられる。

だが、その直前にランスロットは既に脱出を果たしていた。

その両腕に残り二発だけとなった対地ミサイルを抱えて。

そしてそのミサイルを二発共アルトリア目掛けて投げ付ける。

「!!」

それに咄嗟に身を翻し避けるアルトリアだが、ランスロットはいつの間にか手に持っていたボルトを投げ付ける。

何度も言うがランスロットが『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』を使用している限り、たとえ小石でもそれは ランスロットの宝具。

投げ付けられたボルトは銃弾の如き速さで、アルトリアではなくランスロット自身が投げ付けたミサイルを貫き、同時に爆発を起こす。

ミサイルが地面に着弾する時間ならばぎりぎり回避できたが、途中での爆発に巻き込まれ爆炎と爆風に飲み込まれ吹き飛ばされる。

「くっ・・・」

直撃のダメージこそ避けたが、爆炎のダメージは少なからず受けた。

鎧は所々煤に汚れ、紺碧の衣も焼け焦げている。

「騎士王大丈夫か!」

そこに駆け寄ったディルムッドの肩を借りる。

「すいません・・・」

「おい、小娘、一体全体どうした??いつもの覇気がまるで感じられぬぞ」

着陸した戦車に乗ったままイスカンダルが不審げに尋ねる。

「それは俺も聞きたい。おそらくバーサーカーが影響していると思うが一体どうしたのだ?」

イスカンダル、ディルムッドの疑問の声にこたえるアルトリアの声は弱弱しく、頼りない。

「彼は・・・かつてバーサーカーと呼ばれていた彼は・・・」

そんなアルトリアの声を遮る様に、あの怨嗟の声が再び響き渡る。

「アァ・・・サァ・・・アー・・・・サァー・・・」

「!!」

「来るか」

「まあ余の戦車でひき潰しても生きておった奴だ。この程度じゃあくたばるまい」

その声にアルトリアは怯え、ディルムッド、イスカンダルは構え直す。

やがて、一歩一歩進みながら姿を現したランスロットの身体からあの己を隠蔽していた霧がランスロットの体内に吸い込まれる様に収束していく。

それと同時に今まで見えなかった鎧の細部、更に腰に帯びていた鞘に収まった剣をアルトリア達三人の前に現す。

「ほう、名のある剣のようだが」

「・・征服王、名のある剣どころではないぞ。あれはもし俺の予測が正しければ」

「あれは・・・『無毀なる湖光(アロンダイト)』・・・」

「やはりか・・・そうなると奴は・・・」

「そうです・・・彼は、我が友・・・サー・ランスロット・・・」

そんな会話を尻目に遂に己の宝具を鞘から解き放つ。

それはアルトリアの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と同じく人ならぬ妖精の手で鍛え上げられ、それと対を成す最強の聖剣だった。

だが、今ではその剣は憎悪と怨念に黒き染まり魔剣と化している。

何万と打ち合おうと決して刃毀れする事なく、その輝きは決して失われる事ない『約束された勝利の剣』と同格の剣。

その名こそ『無毀なる湖光(アロンダイト)』。

そしてそれこそ億の言葉よりも明確に、持ち主の名前を満天下に知らしめるもの。

だが、その剣にも昔日の輝きはなく今はただ闇よりも深き黒に染まり、

「アァ・・・サァ・・・アー・・・サー・・・」

『湖の騎士』として円卓最強の騎士の名を恣にしていた、持ち主は憎悪に酔い復讐に飢えた獣と化していた。

その表情には憎しみのみを漲らせ、その口からは恨みのみを零し己の本当の宝具を手にランスロットは踊りかかる。

「アーーーサーーーー!!」

目の前に力なく立ち尽くすかつて主君として尽くし、友として過ごし、そして彼が愛した女を苦しめた人に対する身体から吹き上がる負の衝動に駆られるままに切り殺そうと・・・









そのころ、アルトリア、ディルムッド、イスカンダル以外の一堂はようやく合流を果たしていた。

疲労が一番激しかった宗一郎は既に時計塔に戻している。

「そう。そっちも厄介な敵とやり合っていたの」

「ええ、冗談じゃないわよ、あの蛸もどきの化け物。うぇ・・しばらく蛸は見たくないわ」

凜の感想にイリヤが思い出したのか心底から顔を顰める。

「んで、アルトリア達はどうしたんだ?」

「そう言えば・・・ディルムッド・オディナもいませんね」

「それに征服王も」

「何かあったと言う事でしょう」

「まだ厄介なのがいるって事ね。援軍に向いましょう」

「そうですわね。それでバルトメロイ、貴女はどうなさるの?」

「私は大隊の指揮に戻るだけです。ここに来たのも、もしやエミヤが戻ってきているかと思いましたが・・・期待外れでしたね」

そう言って凜達に背中を向けて立ち去ろうとした時、無線が入る。

『司令部こちら魔術協会ハウンド小隊U分隊!!援軍を請う!!大至急援軍を!!』

「どうしました」

『て、敵、敵が・・・ひっ!!ぎゃああああああああ!!』

断末魔の悲鳴を最後に通信が途絶えた。

「ハウンド小隊・・・確か最前線で『六王権』軍追撃に向わせた筈・・・」

「それにハウンド小隊と言えばフリーランスの中でも腕利きの連中を集めた部隊でしょ」

「ええ、『クロンの大隊』程じゃないけど、それでも精鋭だと言う事に変わりはないわ」

「行って見ましょう。アルトリアの方も気になるけどディルムッドやイスカンダルも合流しているとすればそれほど心配する事もないと思うし」

「バルトメロイ、貴女も来るのですか?」

「そうですね。少しは骨のある相手がいるでしょう」

かくして凜達は最前線に向う。

そこに真の絶望がいる事も知らずに。








「があああああああ!!」

猛烈な速度で突進するランスロットに反射的に相対したのはディルムッド。

アルトリアが失意と忘我で未だに戦闘放棄状態で、イスカンダルも集団戦に長けてはいるが、こういった真正面からの激突となればランスロットに一日の長がある。

そうなれば必然的にディルムッドが迎え撃つ形とならざる終えなかった。

「はああああ!」

双槍を駆使してランスロットと対峙するがスピード・パワー、テクニック、全てが今までとは桁違いだった。

槍と剣、四本を駆使してようやく『無毀なる湖光(アロンダイト)』を手に猛攻を加えるランスロットを足止めするのが精一杯だった。

「くっ!!征服王!!どうにか騎士王を立ち直らせてくれ!!俺では足止めが限界だ!」

宝具の真名を唱えさせる隙すら与えず獣性と知性を完璧に両立させたランスロットの前にディルムッドでさえお手上げ状態だった。

「あれはまずいのう」

そしてイスカンダルもディルムッドに言われるまでも無く、アルトリアが戦闘に復帰出来なければ敗北が待っている事を誰よりも理解していた。

『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』ですら彼を打破できるかどうか微妙な所である。

それ以前に結界を発動させる隙を突かれて斬り伏される可能性もある。

軍勢の精鋭をイスカンダルは信頼していたが、ランスロットの今の力を過小評価もしていなかった。

「そうなればやはり鍵は小娘か・・・ええい!!しっかりせぬか!!」

イスカンダルは乱暴にアルトリアの肩を揺さぶる。

それに対してアルトリアの眼は未だ失意に沈み消え入りそうな掠れた声でイスカンダルに話しかける。

「征服王・・・かつて貴方が言った事は正しかった・・・私は数多くの臣下を捨て置いた・・・私に・・王など・・・」

「このたわけ!!」

そう言うやアルトリアの顔面を思いっきり殴り飛ばした。

平手ではなく、握り拳で。

「良いか!あそこにいるのが道を見失った臣下だとすれば首根っこを引っ掴んででも元の正しき道に戻すのもまた王の役割であろう!!」

「っ・・・」

「臣下が進むべき道を指し示さず、見失わせた挙句、正しき道にも戻さぬなど暗君にも劣るぞ!!」

言っている事は相変わらずめちゃくちゃな論理であったが、それが失意のどん底で、もがいていたアルトリアの闘志に火を付ける結果となったのもまた事実だった。

「・・・ランスロット・・・」

ゆっくりと立ち上がり己の剣を握り直す。

「貴方をその姿にしたのは他ならぬ私自身。ならば、その姿から貴方を解き放つのもまた私の役目であり責任!!もう言葉は不要!!ランスロット!!私は貴方を苦しませ続けたせめての償いとして貴方の憎悪を討ち滅ぼす!!」

アルトリアの総身から凄烈なそして清廉な闘志が蘇り、それに呼応する様に剣が黄金の光を取り戻す。

「アーーサーーー!!」

その闘志に気付いたのか、『無毀なる湖光(アロンダイト)』の一振りでディルムッドをふっ飛ばし、アルトリアに剣を振りかざす。

「はあああああ!!」

それに自身の魔力を放出させての一撃で応じるアルトリア。

『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と『無毀なる湖光(アロンダイト)』、同等の力を持つ二つの剣がぶつかり鍔迫り合いを繰り広げる。

『無毀なる湖光(アロンダイト)』の能力で全ての能力を上乗せされたランスロットと竜の因子を持ち無尽蔵の魔力を存分に使い自身の肉体と剣を強化するアルトリア。

能力はほぼ互角だった。

いや、強いて言えば未だにランスロットに分がある。

アルトリアの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は真名を命じての最大出力での魔力放出こそが最大の強み。

だが、それを知り尽くしているランスロットは速攻に継ぐ速攻、猛襲に猛襲を重ね合わせ、行使する暇を与えない。

逆に言えばアルトリアが隙を見つける事が出来れば勝負はつく。

それを察知したのかディルムッド、イスカンダルもアルトリアの助力に入る。

「悪いが小娘文句は聞かんぞ!」

「一騎打ちに横槍等恥ずべき行為だが、『湖の騎士』!!貴殿をこれ以上暴れさせる訳にはいかん!!」

アルトリア個人としてはこの一騎打ちに介入されたくなかったが、私情を挟めないのもまた事実だった。

アルトリアの一撃にディルムッドの巧みな槍であり剣捌き、さらにこの二人に気を取られていれば、今度はイスカンダルが戦車で突撃、奇襲を仕掛けてくる。

並みの相手ならば既に勝負は決している。

だが、ランスロットは並の相手ではなかった。

アルトリアの攻撃を凌ぎながら、ディルムッドの猛攻を弾き、イスカンダルの襲撃にも対処する。

その卓越した戦闘センスはまさしく、キャメロットの円卓最強の名に相応しいものだった。

「アルトリア!!」

「何!相手誰なのよ!!」

激しい攻防で一堂は少しずつ移動し、いつの間にか凜達と合流していた。

「くっ!!このままでは埒が明かない・・・こうなれば・・・」

一つ頷いたアルトリアは僅かに目配せをする。

ディルムッド、イスカンダル共に頷き、同時にランスロットから距離を取る。

「ああああああああああ!!アーーーーーサーーーーーーー!!」

怨念を絶叫に過不足なく乗せてアルトリアに振りかぶる。

それをぎりぎりでかわすと『風王結界(インビシブル・エア)』の守りを攻撃に変換する。

「唸れ!!風王鉄槌(ストライク・エア)!!」

風の塊が刃となりランスロットの『無毀なる湖光(アロンダイト)』とぶつかり合う。

だが、それも僅かな時間、それでランスロットは風の刃を上空に弾き飛ばす。

その瞬間、腹部に少しの時間だがそれでも確実に大きな隙が生じた。

「おおおお!!小なる激情(ベガルタ)」

それと同時にディルムッドがランスロットの腹部を『小なる激情(ベガルタ)』が横一線に斬り付ける。

威力は小さいものの『大なる激情(モラルタ)』よりは発動が早い為、ランスロットが構えを戻すよりも早くディルムッドの一撃を受ける結果となり、後ろによろめいたが、深刻なダメージとはならなかった。

だがそれはようやく掴んだ絶好の機会だった。

イスカンダルの戦車に運ばれて、十分な距離をとり、自身の最強宝具の開放準備が整った。

「はあああああああ!!」

剣より放たれる光が偽りの夜に希望と言う名の朝を刻み込む。

それを察したランスロットも全速力でアルトリアとの距離を詰め、そして『無毀なる湖光(アロンダイト)』を上段に構えようとするが遅かった。

「約束された(エクス)!!」

既に構え、解き放たれようとする兵達が王に託した希望の具現が

「勝利の剣(カリバー)!!」

ここに解き放たれた。

アルトリア渾身の一撃はランスロットを切り裂き、放出された魔力の余波は遥か後方にて後退していた『六王権』軍の一部をも蒸発させていた。

この時、軌道上に味方がいなかった事、そして味方を巻き込まれなかったのは、もはや幸運としか言いようがない。

そしてランスロットは大きく袈裟斬りに斬り付けられ、地面に倒れ伏していた。

余りも至近すぎた為、放出された魔力を受ける事はなく剣本体に斬り付けられた程度で済んだが誰がどう見ても致命傷。

もはや勝負はあった。

だが、全身を震わせてランスロットは再び立ち上がる。

どこにそんな力が残されているのかが不思議なほどだった。

「・・・」

怨嗟の咆哮を上げず静かにアルトリアの前に立つ。

「・・・謝罪の言葉も見つかりませぬ王よ・・・一度ならず、二度三度と貴方に刃を向ける不忠を・・・」

「ランスロット・・・」

その声は静かでその表情にも生前の面影が戻る。

致命傷を受けた事で、僅かに残されていた理性が全面に出されたのだろうか。

当事者以外、誰も知るよしもないだろうがそれは十一年前のあの時と酷似していた。

「この身は・・・座に帰る前に私が置き去りにしてきたもの・・・そして王妃の嘆き・・・それを見て頂きたかった・・・他ならぬ貴方に・・・そして私達を裁いて頂きたかった・・・我々の罪を・・・貴方の怒りで・・・貴方の意思で・・・」

恨みではない。

ただ静かに語るランスロットのそれこそが願いだった。

十一年前、そして今、二回に分けてこの時代に降り立った彼は、ようやくそれを果たしたのだ。

一度目はそれをアルトリアに見せ、そして今、偶発的な物ではなく、アルトリア自身の確固たる意思での裁きをその身に受ける事が出来た。

「ランスロット・・・私は・・・私は間違っていたのか・・・」

「いいえ・・・私も貴方も・・・誰も彼も誤ってはいなかった・・・星の巡り合わせ・・・それでしか・・・!!」

その時、ランスロットの眼が大きく見開かれアルトリアを横に突き飛ばす。

咄嗟の事に対処できなかったアルトリアだったが、次の瞬間彼女も絶叫する。

「ランスロット!!」

ランスロットの身体を漆黒の腕が立て続けに貫き更に引き裂いた。

その場所はランスロットが突き飛ばさなければアルトリア自身がその腕の餌食になる筈だった。

一瞬だけ呆然となるがすぐさま漆黒の腕の群れを一刀で斬り伏せる。

支えを無くし倒れようとするランスロットをアルトリアが支える。

「は、ははは・・・我が身を盾として・・・王を守るとは・・・私のような男には勿体ない・・・まるで忠節の騎士の死に様ではないですか・・・」

「ランスロット!!貴方は・・・まさにキャメロットに仕えた忠節の騎士です・・・たとえ歴史の全てが否定しても私がそれを・・・認めます」

救いになるはずもない、それでもそう言わずにはいられなかった。

その言葉を聴き、僅かに綻んだ表情を浮かべ、ランスロットの姿は霞の様に消え、後には全身傷だらけの等身大の人形があるだけだった。

「あの腕は・・・あれはかつて」

「ふむ・・・『ベルフェゴール』の設計思想自体は良かったが・・・」

怒りに震えるアルトリアの後ろから冷静な男の声が聞こえる。

声自体には聞き覚えはなかったが、ランスロットをずたずたにしたあの腕には覚えがあった。

あれは間違いなくあの時、自分達を苦しめたあの腕。

「あ・・・あああああああ!!」

振り返りざま後ろにいる筈の男目掛けて剣を振り下ろす。

だが、それは

「・・・影城鉄壁(シャドー・キャッスル)」

周囲から吹き上がる影の壁に阻まれる。

「影状変更(シャドー・チェンジ)影状反射(シャドー・バウンド)」

更に影の壁は大きくアルトリアの剣を飲み込んだかと思えば、そのままトランポリンの様にアルトリアを後方に吹っ飛ばした。

「おっと!!」

咄嗟にセタンタがそれを受け止めたお陰でさしたるダメージもない。

「ちょっと・・・冗談でしょ・・・」

その姿を認めた凜が乾いた笑いを浮かべる・・・いや、笑うしかない状況だった。

アルトリアを吹っ飛ばした男は既に影の壁を解除し、静かにアルトリア達の下に歩み寄る。

フードを眼深に被ったその顔は口元しか見えず、口元だけを見る限り、笑みを浮かべている事もない。

「・・・やはりいないか・・・『錬剣師』は・・・」

前方のアルトリア達をみて若干の失望だけを口に乗せる。

死徒二十七祖第七位にして、『六王権』最高側近『影』が『蒼黒戦争』初めてその身を前線に降り立たせた瞬間だった。

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